図書館から大学広報の広告代理店へ

図書館の業務受託会社から、大学の広報媒体を制作している広告代理店へ転職した際の経験です。図書館では利用者の目に触れる業務、つまりカウンターでの利用者対応、返却された本を棚に戻す作業、予約図書の手配などを中心とする業務に従事していました。自治体から会社に1年単位で委託される業務なので、正社員になれず給与も低く、自治体が指定する仕様書通りにしか動けない。給与も職務能力も頭打ちだという感触がありました。

ちょうど大学の広報誌やパンフレットを作っている広告代理店の求人があり、図書館、大学とも「教育」という関連があると感じて転職を決めました。あまり深く考えていなかったのですが、この転職では、おおまかにいって「接客業からデスクワーク」「出版業界から広告業界」という2つの変化を体験することになりました。

接客業とデスクワーク

一番カルチャーショックを受けたのが、接客業とデスクワークの間にある深い溝です。 特に整理整頓に関する感覚には大きな隔たりを感じました。例えば隣の席の営業担当者は、机上に書類を雑然と積みあげた状態で過ごしており、私物を何か月も通路の床に平気で放置しているような人でした。社内の掃除は新人の私の担当なので、掃除のたびに私物を移動させなければなりません。そろそろ処分してほしいと頼んだところ「お前は俺に説教するのか、意見するのは十年早い」と言い返されました。

接客業の場合、基本的には職場はすべて共通スペース。「お客様」の目に触れるところには、お客様に無関係なものは一切置かないのが原則です。事務スペースにも自分の机はないので、作業が終わるたびに使ったものを片付けるのが当たり前でした。道具は共通なので次に作業する人がすぐに使えるようにするためにも、片付けは基本中の基本でした。また、本はまとまると重たいため、安全な作業空間を確保しないと怪我を誘発しかねません。通路は常に片付けるよう心掛けていました。また新刊資料は鮮度が重要です。届いたモノは速やかにしかるべき場所へ配置するのが当たり前だと思っていました。整理整頓とは、まともな効率で業務を行うための仕事の基盤だったわけです。こうした感覚が体に染みついていた私としては、整理整頓に無頓着な人の言動に相当なストレスを感じました。

服装についても、社内で突っかけサンダルを履いて過ごす人がいて、初めは仕事に対する気構えが欠けている人のように見えました。

前職の職場では本棚状のワゴンや台車が行き交うので、踵をしっかり覆っている靴でないと不安でした。乳幼児、お年寄り、元気盛りの小中学生などが利用するので、何かあったときは、とっさに駆け付けなければなりません。自身も重いものを運ぶので、いつ脱げるか分からないサンダルで過ごすなんて思いもよらないことでした。

もっとも、前職は公共機関で利用者から直接対価を頂く仕事ではありませんでした。その分、ビジネスマナーに関しては非常に大雑把で、職員が利用者を指導するという側面すらありました。広告代理店という営利企業に移り、「お客様に尽くす」という感覚やそのためのマナーなどが、自分は決定的に欠けていることに気づきました。

出版業界と広告業界

働くスタイルとともに違いを感じたのが、事業が目指す目的です。わずかながら広告文の執筆を担当させてもらい指導を受けるうちに見えてきました。大上段に振りかぶった言葉で表現すると、出版が大事にするのは民主主義と社会正義、広告が大事にするのは資本主義と経済活性化だといえます。

出版業はより良い社会やより豊かな文化を作るのが目的です。そのための問題提起をするうえで、ときには誰かを批判したり、不快な思いをさせる内容を書くことも必要です。敵を作ってもやむなしとする文化があります。広告の場合は広告主の味方、つまり広告主に共感したりその商品やサービスを購入してくれる人を増やすことが目的です。良い印象を与えるために、批判的な内容や物議を醸すような表現を注意深く避けます。敵を作らないのが大原則です。

スピード感も違います。特に本は「遅効性のメディア」といわれます。読者が5年後、10年後に認識や行動を変えてくれればよい、という感覚があるようで、本の後書きには「編集者と約束してから何年も待たせてしまった」などという悠長な分が散見されます。いっぽう広告はスピードが命。例えば今年のクリスマスケーキの広告を見た人が、今年に予約をしてくれなければお店がつぶれかねません。納期と制作物の成果については非常にシビアです。

何も考えずに転職しましたが、この業界の事業目的の違いを肌で感じられたという点では、非常に勉強になったと感じています。